ありがとうと仏教

あなたの好きな言葉はなんですか?

そんな質問の答えとして上位にあがるのが

「ありがとう」や「感謝」という言葉です

「ありがとう」っていわれるとこちらもうれしくなりますし

またがんばろうって気持ちにもなります。

反対に、感謝の言葉もなく、文句や批判を受けると

やる気が削がれてしまいます。

感謝の気持ちをあらわすのは、人間関係を良好に保つ上でも

とても大事だと気づかされます。

 

ブッダのたとえ話

ところでこの「ありがとう」という言葉

仏教が語源だといわれています。

ブッダのたとえ話にこんな話があります

ある時、ブッダがお弟子に

「そなたは人間に生まれたことをどのように思っているか?」

弟子「はい。とても喜んでおります」

「どれほど喜んでいるか?」

弟子「どれほどと言われましても。。」

答えに困る弟子にブッダは次のような話をされています

「ある所に、目の見えない1匹の亀がいた」

「その目の見えない亀が100年に1度海面に顔を出すのだ」

「広い海には丸太が浮いている。その丸太は波に揺られて広い海を漂っている」

「その丸太の真ん中には小さなが穴があいている。」

「100年に1度浮かび上がる目の見えない亀が、浮かび上がった拍子に

丸太の穴に頭を入れることがあると思うか?」

弟子「お釈迦様、そんなことはとても考えられません」

「絶対にないと言い切れるか?」

弟子「果てしなく長い年月の間には、ひょっとしたら頭を入れることがあるかも

しれませんが、ないと言っていいくらい難しいことです」

「そうだろう。しかしわたし達が人間に生まれたということは、この亀が丸太の穴に

頭を入れることがあるよりも難しいことなのだ。有り難いことなのだよ」

 

「有り難い」はめったにないこと

この「有り難い」という言葉が「ありがとう」に

なったといわれています。

ブッダはわたし達が人間としてこの世に

生を受けるということは大変「有り難い」

ことであり、大変喜ばねばならないことですよと

教えられています。

「有り難い」とは「有ることが難しい」という

ことで「めったにない」という意味です。

めったにない、喜ばしいことがあったという

ことで「有り難い」がやがて「ありがとう」という

感謝の言葉になっていきました

普段からよく聞く言葉ですが、次に使われる時には

そんな語源にも思いをはせて使ってみられてはいかがでしょうか。