慈悲と鬼

 

「慈悲」という言葉があります

「慈悲深い人ね」とか「お慈悲をください~」など

ときどき聞くことがあります。

この「慈悲」とは仏教で
抜苦与楽の心のことをいいます。

慈悲の「慈」=「抜苦」
慈悲の「慈」とは「抜苦」のことで

苦しみを抜いてやりたいという心です。

苦しんでいる人を見て、かわいそうだな

何かしてやれないだろうかと思ったり

困っている人をほっておけないという心です。
    
家族や友達、同僚が暗い表情をしていたり、元気がないとき、

どうしたんだろうか?何か心配事でも

あるんだろうか、何か力になれないだろうかと思うでしょう。

これが慈悲の「慈」の心(抜苦)です。

    
慈悲の「悲」=「与楽」
次に慈悲の「悲」の心とは「与楽」の心です。

楽を与えるとは

相手を喜ばせたい、楽しませたいという心のことです。

相手が幸せだと、自分も幸せな気持ちになるということです。

親が子供を遊園地につれていったり、子供と一緒に

ままごと遊びをすることがあります。

周りの大人からすればバカバカしいと思うかもしれませんが

子供が楽しそうにしている、喜んでいる姿を親は見たいものです。

子供の喜ぶ顔が親の喜びだからです。
    
これが慈悲の「悲」の心です。


慈悲とは抜苦与楽のことであり
苦しみを抜いてやりたい
楽しみを与えてやりたい
という心をいいます。

無慈悲とは鬼のこと
ですから苦しんでいる人をほっておけない
少しでも喜んでもらいたいという心ですが


反対に

苦しんでいる人を見てもなんとも思わない
さらにひどくなると、もっと苦しめばいいと思ったり

幸せそうな人を見るとどうも面白くない、失敗すれば

いいのにと、相手の不幸を願う心
    
こんな心は大変恐ろしく、冷たい心なので

無慈悲といいます
   

この心を仏教ではオニといいます

オニは今日、「鬼」という字を書きますが

「遠仁」とも書きます

仁に遠いということです

「仁」とは優しさや思いやりの心のことですから

優しさや思いやりからほど遠い心、

無慈悲なことを遠仁といったのです

    
その鬼(仁遠)ですが、仏教で鬼はどこに住んでいると

いわれているでしょうか?


仏教では地獄に住まうのが鬼といわれています

地獄絵図をご覧になったことある方もいるでしょう

その地獄絵図をみてみますと鬼の姿が描かれています

地獄とは仏教で「苦しみの世界」をいいます

    
ですから鬼のような

無慈悲な心はやがて地獄を

苦しみを生み出しますよ

ということです

    
慈悲深い人は

周りの人からも慕われ、

愛され幸せな生活になっていきますが

    
無慈悲な人は

周りから嫌われ、嫌がられて一人ぼっちの

苦しみの世界を生み出して

いきますよと教えられています

    
私達の心の鬼を退治して、本当の心の安らぎを

教えらたのが仏教なのです